第373回
100回目の箱根駅伝
はじめに
お正月の箱根駅伝は今年100回目を迎えました。先日テレビで『箱根駅伝100年分の名場面!』という番組を見て、私は大きな感銘を受けました。箱根駅伝は実際走っているのはお正月の2日間だけですが、その背後にあるたくさんの人間の生き様が凝縮された2日間なのだということを知りました。
順天堂大学・小盛玄祐選手
その番組の中で小盛玄祐(こもりげんゆう)という選手のことが紹介されていました。小盛選手は広島県の世羅高校出身です。小盛選手が走った三年生の時、世羅高校は全国高校駅伝で優勝しました。小盛選手は大学生になって箱根駅伝を走ることが夢だったのですが、経済的理由で大学進学が叶わず、地元の製鉄会社に就職しました。それでも箱根駅伝を走る夢を諦められず、寮から会社まで往復24㎞の道を毎日走り続けました。そして5年間で500万円を貯めて、そのお金でようやく駅伝の名門・順天堂大学に入学することができたのです。しかし順天堂大学の陸上部は70名以上の部員がいて、しかも5年間のブランクは大きく、小盛選手は駅伝を走る10人のメンバーには選ばれませんでした。長年願った箱根を走る夢が破れて、小盛選手はとても落ち込んでいたそうです。小盛選手はすでに27歳になっていました。その時に、箱根を走るメンバーの一人で4年間ともに汗を流した稲田翔威という選手から、「自分の給水係をお願いしたいんだけど」と声を掛けられました。小盛選手にはいろいろな思いがあったと思いますが、「チームのためにやれることは精一杯やろう」と快諾したそうです。駅伝当日7区で稲田選手にたすきが渡り、給水係の小盛選手が声を掛けながら同走して、稲田選手に飲み物を渡しました。2016年に給水係として走った30メートルが小盛選手の最初で最後の箱根駅伝となったのです。
小盛選手の現在
今、小盛選手は35歳になり体育教師をしています。同じ大学出身の磨依さんという女性と結婚していて、男の子が二人おられます。結婚のきっかけとなったのは、その給水シーンを、磨依さんが両親とテレビで観戦したことだそうです。磨依さんの父が「走る選手もすごいけど、裏方で苦労してる選手の方が人間的にはすごい」と言ったのだそうです。それを聞いて、磨依さんが小盛選手にメールを送ったことから交際がスタートし、二人は結婚されたのです。
拝まれる人は尊いが、拝む人はなお尊い
私はそれを聞いて、ある法語を思い出しました。それは「拝まれる人は尊いが、拝む人はなお尊い」という法語です。今回の場合、拝まれる人とは箱根駅伝を走る選手です。拝む人とは、その選手を支えている多くの方々です。箱根を走った選手たちはもちろん尊いですが、夢破れながらも給水係を全うした小盛選手もなおさら尊いと感じました。まさに「拝まれる人は尊いが、拝む人はなお尊い」という法語を現実に置き換えたような話でした。
そう感じたのは私だけではなく、テレビで観戦していた磨衣さんの父が、小盛選手の苦労と人間性に感銘を受け、磨衣さんもその小盛選手の人間性に惹かれて結婚したのです。人間性の素晴らしさは、ちゃんと伝わってゆくのだなと感じました。先の法語のように、拝まれる人は、自分を支えてくれる多くの方々のお陰を決して忘れてはいけないし、また拝む人は、拝まれる人になれなかったことを卑下する必要もないのです。拝まれる人も拝む人も仏様の眼から見たら、どちらも尊いのですから。