法圓寺

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第251回

平成28年7月1日

ママにしてくれて有り難う

 今年の6月27日、真宗佛光寺派新潟教区企画部主催の「聞法の集い」が、新潟市西区小針の瑞林寺様を会場に開催されました。今回講師としてお招きした方は、東京の中下大樹(なかした たいき)さんです。中下さんは私たちのようにお寺を基盤として活動している僧侶ではなく、看取りということを中心に活動しておられる方です。「聞法の集い」では大変有り難いお話をしていただき、深い感銘を受けました。
 さて、中下さんは東日本大震災の時、被災地でボランティアをしておられました。瓦礫を撤去したり、ご遺体を綺麗にされたりというお仕事をされていたそうです。ある日、遺体安置所におられた時、中下さんは僧侶のお衣をつけていました。すると、若い女性が、ブルーシートを抱えてこちらに歩いてきました。そして「すみません、お坊さん、お経を読んで頂けませんか」と言われました。ブルーシートには生まれて間もない我が子が包まれていました。中下さんが、短いお経を上げると、この女性は、「ほらね、お坊さんがお経を上げてくれたよ」と言い、そして「ママにしてくれてありがとう」と言って泣き崩れたそうです。中下さんは、この言葉の意味をこのように感じたそうです。「あなたを失ってみてはじめて、私は生きるってことが、こんなにも当たり前じゃないと気づいた。〈いのち〉って、こんなにもあっけなく終わっていくんだなってことを、あなたは身をもって私に教えてくれたんだね。あなたが死んで、私はママになれた気がする。だからだから、ママにしてくれてありがとう」。この若いおかあさんは、亡くなった我が子を、いのちの尊さを教えてくれた仏さまであると拝んでおられたのです。
 さらに、このおかあさんは赤ちゃんを火葬する前に、お棺の中の我が子を抱きしめ、自分の舌で赤ちゃんのお顔にまだ残っていた砂を舐め取ってあげ、「ありがとう。ママは幸せだった」と、火葬される直前まで語りかけていたそうです。

 東京では、お通夜や葬儀をしない火葬のみのケース、いわゆる「直葬」が現在既に3割ほどあり、その割合は年々増えているそうです。さらにその中には、「お骨もいらない」という方も見受けられるそうです。そういう葬儀をたくさん見てきた中下さんは、その若いおかあさんの姿によって、「弔う」ということの意味を、改めて考えさせられたのではないでしょうか。
 「死」という漢字の偏(へん)は、「死者の胸から上の残骨の形」、旁(つくり)は、「拾い集めた残骨を拝み弔う人」を意味するそうです。ですから人の「死」は、その方のお骨を拝み弔う人がいて、初めて完成するということではないでしょうか。ただ亡くなるだけでは人の死とは言えない。その残されたお骨を拝み、あなたのおかげで…と弔う人がいて、初めて人の死と言えるということなのでしょう。最近は、新潟でも家族葬が増え、直葬も出始めましたが、この弔う心を失っては、何のための葬儀か分からなくなってしまうのではないでしょうか。中下さんの講話をお聞きして、私は改めて葬儀の意味を教えられ、亡き方に寄り添うことの大切さに気づかされました。

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