第333回
ある宇宙飛行士候補の言葉
先日、新しい日本人の宇宙飛行士候補が決まったというニュースをテレビで見ました。私は、その宇宙飛行士候補の言葉に少し違和感を感じました。それはこの女性がマスコミ対応の訓練中に発した言葉でした。月面に降りた後、マスコミの取材に応えて、どうコメントをするかという訓練の動画だったと思います。その時に彼女が発した言葉は、正確ではないかもしれませんが、次のようなものでした。
私は月面に降りた時に、先輩の宇宙飛行士が月面に残した足跡を見ました。私が月面に降りて、自分の足跡をつけた時、月は人間がまた月に来るのを待っていたのだと思います。
私はそのコメントを聴いて強い違和感を覚えたのです。本当に月は人間を待っているのだろうかと。
もし月に感情があるのならそんなことを望んでいない、むしろ人間に対して「決して来てくれるな」と願っていると思います。人間は自分たちにとって都合のいいように地球を開発しました。その結果、地球環境を破壊してしまい、そのうち人間が住めなくなってしまうかもしれません。人間は、今度は月まで第二の地球にしてしまおうとしているのではないでしょうか。月がその事を願っているとは、私には到底思えないのです。
テンジン・ノルゲー氏の言葉
さて話はかわりますが、1953年に人類のエベレスト初登頂がありました。仏教学者の鈴木大拙先生がニューヨークにいた時に、その第一報が入ってきたそうです。
エドモンド・ヒラリーというイギリス人の登山家とチベット出身のテンジン・ノルゲーというシェルパ(登山ヘルパー)の二人が、エベレストの初登頂に成功しました。
その時にエドモンド・ヒラリーは、イギリスの国旗をエベレストの山頂に突き刺して
我、エベレストを征服した
と叫んだそうです。それを聞いた鈴木先生は大変憤られたそうです。エベレストという山の名前は後で西洋人が付けた名前で、本来チベットの山名は『チョモランマ』です。『チョモランマ』とは「母なる大地」という意味です。恵みを与えてくれる「母なる大地」にイギリスの国旗を突き刺して、自分がエベレストを征服したというのは本当に傲慢だと、先生は憤られのです。
一方、同じ時に登頂したチベット出身のシェルパ、テンジン・ノルゲーは、エベレストを下山する時に、非常食として自分が持っていたチョコレートを半分折って、それを山頂にお供えしたそうです。鈴木先生はそれを聞いて、今度は大変喜ばれたそうです。
ノルゲーは「母なる大地、チョモランマが登ることを許してくれた」という気持ちだったのではないでしょうか?
生かされている気づき
私は、先の宇宙飛行士候補のコメントとエドモンド・ヒラリーの行動には質的に似ている所があると思いました。宇宙飛行士は現代における開拓者と言えます。彼女のコメントは開拓者としては素晴らしい言葉なのかもしれません。しかし、自然の恵みを忘れ、欲望のままに地球のみならず月をも開発の対象にしようとしている人間。そんな傲慢な人間を月が待っているはずがありません。月は私たち人間に、どうか自分たちの傲慢さに気づいてくださいと願っているように、私には思えました。今こそ私たちは、自らの傲慢さに気づき、自然に生かされていることに目覚めなければならないと改めて感じました。