法圓寺

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第316回

令和3年11月15日

スイマーの涙

萩野公介選手

 皆様は、萩野公介という水泳選手をご存知でしょうか?2016年のリオ・オリンピックの400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した選手です。しかしその後、右肘の手術等のため成績が伸び悩み、東京オリンピックでは、200メートル個人メドレーで決勝に進出したものの6位に終わり、メダルを取ることはできませんでした。そして、今年(2021)の10月24日には現役引退を発表し、選手生活を終えました。

準決勝のレース後のインタビュー

 萩野選手は、東京オリンピックの200メートル個人メドレー・準決勝で決勝進出を決め、号泣していました。私はその姿を見た時に、リオ・オリンピックで頂点に立った萩野選手が、この5年間で味わった栄光と挫折の軌跡を思い、本当に感動してしまいました。

 萩野選手は準決勝のレース後のインタビューで、次のように話していました。

たくさんの方の応援があって、ここまで来れたと思います。自分らしい泳ぎで恩返しできればいいなと思って、一心に泳いだら、こんなにすごい贈り物をいただけて、本当に幸せです。もうあと1本泳げる、また平井先生の前で泳げる、これ以上の幸せはないです

水泳がつらいです

 リオ・オリンピックが終わった時点では、東京オリンピックでの連覇は、当然のことと、萩野選手は思っていたはずです。ところが、オリンピック後の9月に古傷の右ひじを手術。それをきっかけに本来の泳ぎが崩れ、記録は低迷していきました。そして、とうとう2019年2月の大会で、萩野選手は400メートル個人メドレーで、自己ベストを17秒も下回るタイムを出してしまいます。そして、平井コーチに「水泳がつらいです」と初めて本音を話し、無期限の休養を発表します。そして、一人でヨーロッパへの旅に出たのです。

今の自分は一人じゃない

 萩野選手が、旅先で人々の温かさに触れたり、本当の自分と向き合うことを通して行きついた答えは、水泳をここで終わりにしたくないということでした。プールを離れてから約半年後、萩野選手は実戦に復帰しました。
 しかし、東京オリンピックまでの時間がなくなってゆくのに、なかなかタイムは上がりませんでした。以前の萩野選手は、他人には関心がなく、人に気を配ったりすることは、全く必要がないことだと思っていたそうです。しかし、復帰した時に、ふがいない自分を温かく迎えてくれるチームメートがいてくれること、迷惑をかけ続ける自分を、見捨てないでいてくれる平井コーチがいてくれることを、初めて有り難いと思うことができたそうです。人には関心がなかった萩野選手が、「今の自分は一人じゃないです。その人たちのために、いい泳ぎをしたいな」と言えるようになったのです。

他力の世界へ

 自分の才能と努力だけをあてにする道は、いつか必ず行き詰まります。萩野選手は、その時初めて自分を支えてくれていた方々の存在に気づき、感謝することができた。それが準決勝のレース後の言葉となったのでしょう。泳ぐことがつらかった萩野選手が、泳げる幸せと他者への感謝に目覚めたのです。自分で努力を続けることができるのは、結果が残せている時や、人が自分を評価してくれている時だけではないでしょうか?そうでないときは、努力することができなくなります。それが自力の世界です。

泳げるだけで幸せ

 これは萩野選手の言葉です。この言葉は萩野選手が、競技の結果や人の評価を気にする必要のない他力の世界に触れたということを示していると思います。私は萩野選手の姿を見て、他力の世界の有り難さに、改めて気づかされたような気がしました。

人生の金メダル

 萩野選手が、東京オリンピックで金メダルを獲得することは、残念ながらありませんでした。しかし、決勝のレース後、長年のライバルであり、友人でもあった瀬戸大也選手と抱き合う姿を見て、私は人生の金メダルを彼にかけてあげたい気持ちになりました。萩野選手、長い競技人生、本当にお疲れ様でした。

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