法圓寺

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第279回

平成30年10月1日

うちには宗教があるか?

河合隼雄先生

 河合隼雄という心理学者がおられました。ユング心理学の専門家で、京都大学の名誉教授をされ、文化庁長官もされていた方です。河合先生は本人も気づいていない深い所の心の動きを明らかにしながら、それを通して現実の問題を解決された方です。
 ある父親が家庭内暴力の息子のことを河合先生に相談されました。先生は父親の話を聞くのですが、早急に答えは出さないそうです。「大変ですねえ。困りましたねえ。私にもわかりません。また来週来てください」。そう言って、その親子の何が問題なのか、両親にも子どもにも気づかない心の奥底で、お互いが結ばれていないものは何なのかを探っていくのです。そうした中で、見事に解決した家庭内暴力の事案があったそうです。

物の神様

 ある家庭内暴力に悩む親子が対峙した時に、両親が息子にこう話しました。「お父さんとお母さんは、あなたのために何でもしてあげた。物も買ってあげたし、部屋も作ってあげた。塾にも行かせたし、家庭教師もつけてあげた。なんでもしてあげた。それなのに何が不満でお前はそんなに暴れるのか?」と。
 それに対して息子さんはこう言ったそうです。「うちには宗教があるか?」これには両親も返す言葉がなかったそうです。「うちには宗教があるか?」というのは、何かの宗教の信者になれとか、どこかの寺社にお参りに行けということではないのです。この言葉に息子さんの抑えきれない不満が表現されているのです。その不満を見抜くのが河合先生のお仕事なのです。
 河合先生は、親のこの「なんでもしてあげた」という意識が問題であり、大きな思い上がりだというのです。お金と物さえ与えれば子どもは満足すると思い込み、親が「物の神様」になっていると指摘します。それに反発して、息子さんは「うちには宗教があるか?」という言葉で不満を表現したのです。その心の中の不満が家庭内暴力になっていたのです。

親子の絆の確認

 私はそれを聞いて、児童文学者の灰谷健次郎先生の言葉を思い出しました。「親の愛情に間違いはないという思いに立った時、それは子どもにとって最大の暴力になる」というものです。そういう思いに立って行う親の行為は、親が自分の枠に子どもをはめ込むことであって、決して愛情とは言えないものになっているのです。ところが親はそれを愛情だと勘違いしてしまうのです。
 河合先生は、この両親に「子どものために何でもしてやった」というのは、思い上がりであることを話し、子どもの要求を両親と話し合った結果、この家庭は平和な家庭に戻ったそうです。その時、親子の間で確認されたのは、「私たちはお前の親であり、お前は私たちの子である」ということだけだったそうです。つまり親子の絆の確認です。親子の絆の確認が、お互いの愛情の確認なのです。お金や物で繋がっているのではなく、どんな生活をしていても、お前は私たちの子だという事が親子の間で確認されたのです。その確認をして息子さんも安心できたのです。

お念仏の救い

 この事例は、両親が自らの邪見驕慢性に目覚めて問題が解決したと言えると思います。つまりお念仏の救済です。両親が自分の枠に一切をはめ込みたいという自分の邪見驕慢な姿が見えた時、あるがままの浄土の世界に触れたのです。そのことによって、この家庭に平和が訪れたのです。他を変えようとするのは、傲慢です。自分が目覚めて救われるのが、お念仏の救済なのです。

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