第353回
『就職がこわい』
精神科医の香山リカさんが、以前『就職がこわい』という本を出版されました。その本の中に、あるフリーの女子アナウンサーのお話が書いてありました。アナウンサーは華やかな職業ですが、フリーだと仕事があったりなかったりで、ストレスがたまるそうです。そのためこの方は拒食症になっていしまい、香山先生のクリニックを受診されたのです。
NHKのアナウンサーより才能は上?
するとこの女子アナのお母さんは、香山先生にこう言ったそうです。「私はこの子が体を壊してまで、アナウンサーを続けたらいいとは思っていません。でも、この子は小さい頃から人前でしゃべるのがとても好きなんです。人を楽しませる才能もある。才能で言えば、NHKのあるアナウンサーよりはずっと上だと思います。だから私はこの子のためになればと思ってお手伝いしているんです」と。
お母さんがストレス源?
香山先生はその話を聞いて、ひょっとしたら、このお母さんの存在が娘さんのストレスになっているのかもしれないと感じたそうです。実はこのお母さんは、若い頃にアナウンサーになりたかったそうです。ですから、その自分の夢を娘さんに託していたのかもしれません。しかし、お母さんは、そういう自分の気持ちが娘のストレスになっているとはまったく気づいていない。自分の叶えられなかった夢を娘に託し、その重荷で娘がつぶれそうになっていることに全く気づいていないのです。それが拒食症の原因だと香山先生は感じたそうです。
無明の闇
しかし、親であればみんなそういう面があるのではないでしょうか?「お前に期待しているぞ」といって、子どもの重荷になっていく。一生懸命子育てしていいるつもりが、逆に子供を苦しめ、自分も苦しんでいる。この場合、子どもを育てているのではなく、自分の夢を育てているのです。そのことに気づいていないのです。親は経験がありますから、みんな答えをもっています。「これが良い生き方だ。これが一番いいんだ」と分かったつもりになっている。ですから仏法が聞けないのです。それが「無明の闇」なのです。仏法では煩悩を煩悩とわからせるはたらきがない状態を「無明」と言います。私たちはそういう無明の闇の中で、その闇にも気づかず、自分の思いを主張して苦しんでいるのではないでしょうか?
愚者になりて往生す
法然上人は「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」とおっしゃいました。お念仏の教えは、賢くなって覚りを得るのではなく、愚者に目覚めて救われる教えなのです。「自分だけは間違いないと賢者ぶっていた私が、実は娘の重荷になっていた」。そういうことが、愚者である私に目覚めることです。来年こそは、この「無明の闇」に目覚めさせていただき、仏法を聴聞させていただきたいものです。