法圓寺

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第298回

令和2年5月1日

自粛警察

「自粛警察」とは?

 新型コロナウイルスの感染拡大とともに、自粛要請に応じない人を攻撃する風潮が社会で強まっています。営業を続ける飲食店に脅迫のような張り紙をしたり、県外ナンバーの車にあおり行為をしたりする。こうした行為をする人のことを、周囲に自粛を強いる人という意味で「自粛警察」というのだそうです。
 東京都内では、自粛要請に従って時短営業をしていた居酒屋やライブバーが「この様な事態でまだ営業しますか?」「自粛してください。次、発見すれば、警察を呼びます」などと貼り紙をされたそうです。また、徳島県では県外ナンバーの車が傷を付けられたり、あおり運転をされたりする被害が相次ぎ、自衛のために「県内在住者です」と書かれたステッカーが売られるという事態になっています。自粛を促したい気持ちも理解できますが、こういう事態になると、もはや犯罪になってしまいます。

「自粛警察」の根っこは嫉妬心

 東京都立大学の宮台真司先生(社会学)は、自粛警察の心理について、「非常時に周りと同じ行動を取って安心したい人々だ。いじめと同じで自分と違う行動を取る人に嫉妬心を覚え、不安を解消するために攻撃する」と解説しています。つまり「自分は我慢して自粛しているのに、なんでお前たちは自粛しないのだ」という気持ちなのでしょう。そういう嫉妬心が自粛警察を行う人の根っこにあるというのです。そう教えられますと、私の心の中にも自粛警察を行う人と同じものがあることに気づかされてきます。

相手を受け入れる眼

 山崎ヨンさんという方がおられました。山崎さんの歩みは言葉では言い表せない苦労の連続でした。しかし、その苦労の中で如来さまの光に出遇われた方です。この山崎さんの言葉をここで紹介させていただきます。
 「自分を見る眼は、相手を受け入れる眼や。自分を見るときゃ、如来さんの眼いただかんと見えんもんや。その眼いただかしてもらうと、向こうさまと変わらん同じようなもんがこっちにおるだけや。この眼いただくことが一番大事なんやけど、その一番大切なことを、人間は忘れて生きておるのやね。」このような言葉です。
 如来さまの眼をいただいて、自分の本当の姿を見せてもらうと、腹の立つ相手であっても、根っこは自分と変わらないものだと見えてくる。それがあって初めて相手を受け入れることができるのです。ところが、私たちは自分のものさしだけを正しいと思い込んで、相手を非難ばかりしているのではないでしょうか。「私もそうだった」。そういう気づきだけが、相手を受け入れる力になるのでしょう。しかし、私たちは、「忙しい、忙しい」と、そのことを教えてくれる如来さまの眼をいただくことを忘れて生きているのです。

ウィルス終息のために力を合わせて

 「そりゃ、人間の眼から見りゃ、向こうさまの悪いところしか見えんわね。人間の眼からやと”が”という世界しか見えんけど、仏さまの眼いただくと”も”という世界がいただけるがや。”が”と”も”と一字違いやけど、そこには天地の違いがあるがや」。これもある念仏者の言葉です。「私”も”同じでした」という世界が見つかって初めて、私たちは腹の立つ相手を受け入れて生きて行くことができるのではないでしょうか。
 私たちは今、新型コロナウィルスの感染拡大という緊急事態に直面しております。ウィルスの終息まで、すべての方と力を合わせて頑張らなければいけません。それには私たち一人一人が、自分の本当の姿を教えてくれる如来さまの眼をいただき、いろいろな方を受け入れて、力を合わせて生きることが最も大切なことなのです。