真宗佛光寺派 湖山 法圓寺

鐘楼・山門

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平成13年、法圓寺鐘楼・山門が弥彦村有形文化財に指定されました。

法圓寺鐘楼の写真
法圓寺鐘楼

法圓寺の鐘楼と山門は、当時北海道大学大学院生であった高井真希子さんの調査によって、間瀬大工、棟梁篠原嘉左衛門の手で普請造営されたものであることが判明しました。間瀬大工とは、越後間瀬村(現在の新潟市西蒲区間瀬地区)に集住したという大工集団で、18世紀から20世紀半ばまで新潟県とその周辺、北海道などで広域的な建築活動を行っていました。

弥彦村教育委員会はそれまで正式な調査を行っていませんでしたが、文化財指定前年の夏、高井さんが間瀬大工に関する博士論文を書くために法圓寺を調査したことがきっかけで、正式な調査に踏み切りました。調査は弥彦村文化財保護審議会委員を務める著名な建築技師、山崎完一さんを中心に行われました。その結果、法圓寺鐘楼、山門は建築手法から安政期の建物であり、近世末の大工技術を結集して作られた貴重な遺構であるとされ、文化財保護審議会で平成13年11月6日に文化財指定の答申が出されました。教育委員会は11月30日付で指定に同意、同日をもって法圓寺に所属する鐘楼及び山門は弥彦村有形文化財(建造物)に指定されました。

法圓寺「我が寺の歴史」には、安政元(1854)年に山門改築、続いて安政三(1856)年に鐘楼改築とあります。鐘楼のはね材で、まず山門を造ったと口伝されています。その山門は間口四間、奥行四間で屋根は入母屋(いりもや)になっています。また、鐘楼は新潟県下鐘楼建築の代表格といわれています。規模は方四間、四本柱建て、入母屋造りです。どちらも外観は豪快でありながら、細部に目を凝らしてみますと非常に精巧な彫刻がはめこまれています。材質も鐘楼、山門ともに桁より下は全てケヤキ材が用いられており、当時の寺格や大工技術の高さを伺わせる建物となっています。

法圓寺山門を外側から見た写真
法圓寺山門(外側から)
梵鐘の写真
梵鐘
法圓寺山門を内側から見た写真
山門(内側から)
鐘楼と当院の写真
鐘楼と当院

弥彦村有形文化財 鐘楼・山門

良寛さまの歌碑・句碑

第24回正力松太郎賞受賞 法圓寺同朋の会

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